ダン・タイ・ソン ショパン 24の前奏曲集と舟歌

今朝の1枚は、第10回ショパンコンクールの覇者でヴェトナム出身のピアニスト、ダン・タイ・ソン(Dang Thai Son)の弾く一連のショパン録音からプレリュード集。以前からしばしば書いて来ましたが、ダン・タイ・ソンは管理人が子供の頃から変わらず一番好きなピアニストです。彼のショパン録音は一生かけて取り組んでいるようなゆっくりしたレコーディングペースですが、こちらはその中でも初期、1987年30歳の時の録音です。

アーティスト:ダン・タイ・ソン, 作曲:ショパン, 演奏:ダン・タイ・ソン
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1999年に横浜みなとみらいホールで演奏した同曲のライブ録音(NHK-FMでの公開録音)と比べ、一言で括ると若々しく瑞々しい演奏です。ショパンの前奏曲集Op.28は、ピアノ学習者にとって必修となる上級練習曲集でもあり(注:ショパンの同・エチュード集Op.10/Op.25よりは技巧難易度が低い。)、その為若手ピアニストによる録音も数多く、私自身CDを十数枚所有しておりますが、これほど色彩感豊かに演奏される前奏曲集を他に知りません。客観的な演奏の巧みさという点では定番のマルタ・アルゲリッチ盤の方が優れていますが、アルゲリッチの演奏が大人っぽく陰影…主に陰豊かに演奏されるのに対して、ダン・タイ・ソンのショパンは譜面に込めた明るく瑞々しい情景描写をより浮き彫りにしていると感じます。

ただ、残念ながらこの頃の日本ビクターの音質は何かがおかしかったのか、ピアノ弦のテンションが目立つ変な音で収録されています。クリアな音ではあるのですが何か変なのです。とはいっても、今聞き返すとオーディオシステムとの相性があり、メインシステムとサブシステムB(後日公開予定)ではともかく、audiopro Image11ONKYO A-1VLのサブシステムAでは、Image11のクリアネスが不思議と録音の欠点をカバーする形でそれなりの音で鳴ってくれます。同時期のダン・タイ・ソンのショパン録音ではこの前奏曲集とワルツ全集(VDC-1356)がやや変な音質なのですが、夜想曲(ノクターン)全集VDC-5029~30 / VICC-75013(20bitK2リマスター盤)は比較的良好な録音です。

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この前奏曲集やワルツ集、ノクターン集のCDから、オムニバス形式で数曲セレクトされた企画盤を日本ビクターはしばしばリリースして来たのですが、良くわからないのは毎回音質がかなり異っている上に、一部盤では大変良好な音質で収録されていることです、特に音質面で良かったのが、1993年、皇太子がご結婚された際に発売された「プリンセス雅子様のお好きなショパン(VDC-1157)」。

プリンセス雅子様のお好きなショパン
←これは当時発売された管理人所有のご成婚記念盤。1993年のリサイタル時にサントリーホールで購入した物で、現行盤とはジャケットやレーベル面のプリントが異なります。

真偽の程は知りませんが、雅子妃が好きなピアニストがダン・タイ・ソンだった事から、1987年に発売されたダン・タイ・ソンの既存のオムニバス録音「ショパン名曲集」を、ジャケットとレーベルをご結婚記念へ変更して再発売した企画CDです。このディスクへ収録された曲の音質はどの曲もそれぞれオリジナル盤より優れていて、ワルツも前奏曲も練習曲も、上で書いたような音質的違和感が全くありません。この限定盤に関しては音質傾向が同時期に新録されたショパン・バラード全集(VICC-127)やスケルツォ/即興曲全集(VICC-160)等に共通する歪み感のない美しい音色です。

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DANG_THAI_SON_PRELUDE推測するに、実は元の録音マスターテープには問題が無く、この時期(1887年)にプレスマスターを作る前の段階で妙な加工をしていた、或いはプレスマスタースタンパーの調子がおかしかった?のではないかと。。。収録音質が改善されることを期待し、その後も同盤の再発プレスを数年おきに買っているのですが…リマスターされた形跡はなく、残念ながらこれらは全く同じ音質でした。。。かといってビクターK2でデジタルリマスターされた日には、全く違う印象の音質になってしまいそうで…これはあまりやって欲しくない。当時、アメリカプレスの輸入盤↑が存在していたらしいのですが、気付いた時には既に廃盤…。こちらの音質はどうだったのでしょうか…。

第10回11回ショパンコンクールトラックの最後に収録されているのがショパン晩年の最高傑作「舟歌 Op.60 嬰ヘ長調」…・惜しむらくは高音質だったご成婚記念盤へ、この前奏曲集へカップリングされた舟歌が収録されていないことでしょうか。。。ダンタイソンのショパン演奏の中でも最も傑出しているのがこの舟歌の演奏です。ショパンコンクールの時にも、2次予選の演奏で聴衆を虜にした曲。画像はそのコンクールでの演奏を収録したワルシャワショパン協会盤。80年当時旧共産圏のライブ収録ですので音質が良好とは云えませんが、この8分の12拍子でダイナミックに揺れる左手のリズムと、煌びやかな右手が畳みかける舟歌の解釈を、最初に突きつけられた聴衆のインパクトは一体どれほどのものだったでしょうか。。。

ショパン_舟歌

これはあくまで私個人のイメージですが、ショパンの舟歌で描写されている情景は、8分の6拍子で書かれるヴェネチアの舟歌…川や水路などの小風景ではなく、より大規模な構想に基づいた…喩えるならば海と船…左手は揺られる船のリズム、右手は複雑な和音と装飾音による、船へ押し寄せる波と、水面にきらめきさんざめく光と泡…潮風、、、ショパンがジョルジュ・サンドと共にマジョルカ島を往復した数度の船旅での情景、、、結核のために船室へ入ることを許されなかった、、、船上で吐血する孤独なショパンの心と、それでも尚、眼前に広がる美しい海と空の大自然のコントラストが描写された曲という風に捉えています。

こと舟歌の演奏についてダン・タイ・ソンは、前述のアルゲリッチ盤やルービンシュタインの演奏(BVCC-37672)を遥かに凌駕すると思います。同曲はショパンの曲の中でも難曲中の難曲。指の技術面のみならず音楽的表現力やテンポの揺れ、ペダル、和声の響かせ方など、ピアニストの演奏力を容赦なく暴く曲。リサイタルでも時折取り上げられますが、プロのピアニストでも最後まで誤魔化さずにまともに演奏できる人は本当に限られていて、多くの場合、無理して弾かない方が良いのに…という結果になってしまう難しい曲です。私も10代の頃から取り組んでいますが、未だに舟歌を人前で演奏できるレベルにはありません…(滝汗)

返す返すもこのビクター87年オリジナル盤の収録音質では、舟歌の演奏の良さがスポイルされているのが残念。ただ、同曲の録音はその後も度々ダンタイソンの演奏が含まれるビクターの企画オムニバス盤に収録されていて、その度に音質が微妙に異なる事もあり、(複数の音源から集めた音質を均質化するために、何らかの調整がされているようです)同音源の収録盤が出る度についつい手にしてしまう自分がいます。

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舟歌も含め、ショパンのノクターンなどでは特に際立つ、他のピアニスト追随を許さない装飾音の美しさと巧さがダン・タイ・ソンの取り柄ですが、演奏難易度の高い装飾音とトリルがこれでもかと畳みかける同曲は、その中でもダン・タイ・ソンの真骨頂にあると云えましょう。夜想曲の一部曲については、近年、NIFCより現代ピアノとピリオド楽器それぞれでの再録音がされています。白パッケージ(NIFCCD202)がスタインウェイのモダン楽器、黒パッケージ(NIFCCD020)が1849年製エラールでの録音ですが、80年代の録音に比べ表現に深みを増し、いずれもこれ以上のノクターン演奏は他に無いと言ってしまえるほどの名演だと思います。

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