先程までNHK BSハイビジョンで、英国人のドイツ・リート歌手イアン・ボストリッジと内田光子(p)の競演によるシューベルトの歌曲”美しい水車屋の娘”を観てました。2004年3月サントリーホールでの録画ですから、既に3年近く前の再放送になりますが私は初見でした。寝ようと思った矢先にこんなの見せられたら寝てられないです…(滝汗)
ハイビジョン大画面での℃アップでこの2人を観るというのはある意味凄い経験です…。 先だってのベルリンフィル・ジルベスターコンサートなど、内田光子の表情も毎度楽しませて貰ってますが、ボストリッジの顔芸は更に輪をかけて怖い。歌手というか、声楽家というのは大抵太めの方というのがお決まりですが、ボストリッジは正反対のガリガリ蚊とんぼのような容姿、危ない病院から逃げ出してきたかの如く虚ろな妖しい表情、左斜めうつむき加減で前を睨み顔を歪め、時折口をひん曲げながら、ピアノにもたれかかったり、後ろを向いたり、とにかく右に左にウロウロ。もうなんというか、リアルでアダムスファミリー…。 美しき水車小屋の娘というより妖しき妖怪屋敷の魔女♪…( ³△³ ).。o。
録音で彼の声だけ聴いていると気がつかないけれど、映像で見せられてそのステージインパクトに仰天しました。コンサートで前の方に座ったお客さん、内心ビビリまくりじゃ?。 歌い手はおおらかに余裕タップリにというのとは正反対で、音楽と歌詞の哲学的内面へ全身全霊を傾けての真に迫った表現力は、もう、張りつめた糸がいつ切れるのかと冷や冷やするような、演奏が終わったらこの人ばたりと倒れて死んでしまうのではと心配になるくらい緊張感のある、明瞭で澄み切ったスリムな(しかし良く通る)歌声。ホットなのにクール、クールなのにホット。形振り構わない迫真の集中力に、聴いていて彼の歌に牽きづり込まれて最後の方は頭痛くなってしまい、観ているこっちもかなり疲れたのですが、これだけの名演、演奏が終わった後の静寂に聴衆が拍手できない。10秒間の沈黙…一部の人が拍手をしますがポストリッジは前を睨み付けたまま微動だにせず。内田光子が動いてやっとみんなが拍手…。
イアン・ボストリッジの専門は中世の魔女研究でオックスフォードの博士号、テノールは30過ぎから独学で学んだという異色の歌手ですが、音楽に対して一切の虚飾を廃し、これだけ集中して全身全霊を傾けて歌う姿は、観ていて魂を揺さぶられるものがあります。本当に凄いというか凄まじいというか、とにかくディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ以外にドイツ・リートを良く知らない私をも一発で虜にしてしまう音楽的求心力。いろんな意味でこれはお薦め。再放送があったら皆さん是非観て下さいませ♪
CDアルバムでイアン・ボストリッジの「美しき水車小屋の娘」を再聴
今回放送されたサントリーホールでのライブ録音と同じ内容で、2003年にEMIクラシックスより発売されたCDアルバムと、その約10年前、イアン・ボストリッジがデビューして間もない30再そこそこの1995年に英国Hyperionで録音した同曲のCDを比べてみました。
Hyperion盤のピアノ伴奏はグレアム・ジョンソン。EMI盤はライブ放送と同様に、冒頭から死を予感させる青年の狂気じみた恋慕に、内田光子による濃厚で時にグロテスクな響きすら伴うピアノに負けまいと、高い緊張感の伴うエキセントリックな歌い方。対して若き日の美しき水車小屋の娘は、細く繊細ながらも、シューベルトの残した旋律を素直に歌い上げる好演です。またゲストのディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウによる貴重な朗読も各所に挟まれています。ピアノを含めた音楽的充実度ではEMI盤に軍配が上がりますが、個人的には響きの美しさや色彩感など、本来のシューベルトの楽曲が持つ瑞々しい美しさをストレートに楽しめるのはHyperion盤の方だと感じます。
また、イアン・ボストリッジは、2020年に再び美しき水車小屋の娘の3度目のアルバムをPENTATONEよりリリースしています。こちらは2019年4月ロンドン・ウィグモアホールでのライブ録音。ピアニストはサスキア・ジョルジーニ。Spotifyで聴く限り、録音も良く、より自信と深みを増したボストリッジのダイナミズム溢れる表現力と、円熟味を感じさせる快演と呼べそうです。